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大阪地方裁判所 昭和46年(行ウ)30号 判決

原告 高野京一

被告 近畿郵政局長

訴訟代理人 麻田正勝 永松徳喜 ほか七名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立〈省略〉

第二主張

一  原告の請求原因

1  原告は、昭和四一年四月二六日から同年六月三〇日まで臨時補充員として、同年七月以降は事務員として堺郵便局集配課に勤務し、同四二年一一月六日堺金岡郵便局(以下単に局という)集配課に配転され、局における郵便物の集配作業に従事し、同四四年一〇月一日郵政事務官に任命された。

昭和四六年一月二〇日、被告は原告を懲戒免職処分(以下本件処分という)に付した。

2  右処分発令の日、被告より交付された処分説明書によれば、本件処分の理由は「原告は、堺金岡郵便局集配課勤務のものであるが、昭和四五年一〇月一四日および同月一六日、勤務時間中にもかかわらず管理者の再三にわたる就労命令を無視し、同局事務室内をデモ行進する等して、延二〇分にわたる勤務を欠いたほか、同月一五日、勤務時間中、管理者の再三にわたる就労命令を無視し、同課職員某らとともに集配課長に対し、執拗に抗議し、同人の足を蹴り払つて床上に転倒させ、もつて同人に一週間の安静加療を要する傷害を負わせる等したものである。」というにあり、右理由に基づいて国家公務員法八二条により本件処分がなされた。

3~7 〈省略〉

二  被告の答弁および主張

1  〈省略〉

2  被告が本件処分を行つた理由は次のとおりである。

(一) 原告は、昭和四五年七月二一日、病気休暇を不正使用したことなどのため、減給四か月間の懲戒処分に付されるなど平素の勤務成績が不良であつた。

局集配課に臨時補充員として勤務していた西原学が、同四五年一〇月一三日、六か月の任用期間の満了とともに勤務成績不良により再任用されず、同日付をもつて臨時補充員を免ぜられたことを不満として、原告、西原らは、局勤務の同僚である増本、吉田らと共に同月一四日から三日間にわたり、管理者の就労命令、解散命令を無視し、勤務開始時刻前から開始時刻後に及んで局庁舎内をデモ行進し、実力でもつて西原を郵便集配作業に従事させようとし、これを阻止しようとする管理者に対し執拗に抗議を行い、加藤集配課長に対し暴行を加えて傷害を負わせるに至つた。その詳細は次の(二)ないし(四)のとおりである。

(二) 同年同月一四日、原告は、増本、吉田、西原らと共にスクラムを組み、午前七時五七分ごろ、局通用門附近で西原が局構内に入るのを阻止しようとする局郵便課長筒井清春ら管理者に対して体当りを加えるなどして構内に入つた。午前八時ごろ、局庶務会計課長伊庭清が原告らにデモ隊は解散するように叫び、局長寺西敏夫から西原を除く原告、増本、吉田の三名に対し就労命令が出されたが、原告らはこれを無視して西原と共にスクラムを組んで「解雇反対」と口々に叫びながら通用門から庁舎内の発着口、郵便課事務室、集配課事務室の順にデモ行進をした。その直後、原告らは、西原の担当していた一九区の道順組立棚前で西原を就業させようとしたので、寺西局長らが再三にわたり所定の勤務につくよう就労命令を出した。しかるに、原告らはこれを無視して口々に「解雇理由を言え」などと叫び、西原を退去させるために同人に近付こうとした加藤集配課長を押しまくるなどして、午前八時八分ごろまで就労せず、約八分間欠務した。

(三)(イ) 翌一五日、午前七時五五分ごろ、原告らの属する分会組合員約三〇名が西原の解雇撤回を求めて局庁舎内外をデモ行進した後、集配課長席前に坐り込んだ。伊庭庶務会計課長は、デモ中の組合員に対しデモは許可されていないから直ちに解散するよう叫び、坐り込み中の者に対しても直ちに解散して就労するよう呼びかけた。

午前八時の始業時刻とともにデモ隊は解散したが、原告および増本、吉田の三名は、所定の作業を開始することなく、西原に退去を求めていた加藤集配課長に対し「理由を言え、みんなに聞かせ」などと大声でわめきつつ、西原を前記組立棚前に連れて行つて就業させようとした。更に、寺西局長が西原に対し退去を求めるとともに原告ら三名に対し就労命令を発したのに、原告らは前同様に大声でわめいて右命令に服さなかつた。

(ロ) ついで、同日午前八時五分ごろ、加藤集配課長が前記組立棚前で作業を装つていた西原に近付き、同人に局構外に退去するよう求めた際、原告は、右加藤と西原との間に立つてこれを妨害し、ついで西原、吉田、増本とスクラムを組んで加藤を押しまくり、同所から約三メートル離れた経理主任席前まで後退させた。なおも加藤が西原に対し退去を求めるやこれに憤激し、原告は、肩と肘で加藤の胸を突き上げると同時に右足を同人の左足にかけて足払いをかけ、同人を床上に転倒させた。さらに転倒した加藤が経理主任席の机に左手をかけ上体を起そうとした際、興奮した西原、増本、吉田らがロ々に「デツチ上げだ」等と叫びながら加藤の身体を強く押すと同時に、西原が右膝で加藤の右脇腹、右大腿部を蹴り上げ、よつて同人に対し加療約二週間を要する両側側胸部打撲傷および左眼打撲傷の傷害を負わせた。

(ハ) 原告は、午前八時八分ごろ、負傷部位を押えてうずくまつている加藤集配課長に対し「デツチ上げや、どこ怪我したんや」と暴言をあびせ、その付近で現認メモを取つていた伊庭庶務会計課長のメモを奪い、午前八時一〇分ごろ、再度伊庭のメモを引き破るなどし、午前八時一二分ごろに至りようやく就労しその間約一二分間欠務した。

(四) 同月一六日、原告は、当日は週休日であつたが、午前七時五五分ごろ、局通用門前付近で分会員約二〇名が集つて行つた前記西原の解雇処分撤回を求める集会に参加した後、午前八時ごろ、前記増本、吉田、西原とスクラムを組んで伊庭庶務会計課長の退去命令を無視して局庁舎内に入り、発着口、郵便課事務室、集配課事務室の順に「解雇撤回」と叫びながらデモ行進し、午前八時五分ごろ、庁舎外に退出した。

(五) 右のとおり、原告が勤務時間中に欠務したこと(一四日に約八分間、一五日に約一二分間)は、国家公務員法九六条一項、一〇一条一項に違反し、同法八二条一号、二号に該当し、加藤集配課長に傷害を与えた行為は、同法九九条に違反し、同法八二条一号、三号に該当し、勤務時間中において、管理者の再三にわたる解散命令、就労命令、退去命令を無視して上司に対し執拗に抗議し、局庁舎内においてデモ行進をしたことは、著しく職場の秩序を乱した行為で、同法九八条一項、郵政省就業規則一三条六号に違反し、国家公務員法八二条一号、三号に該当するものである。

3~5 〈省略〉

三  被告主張事実に対する原告の認否〈省略〉

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因1項、2項の事実および本件処分につき原告が昭和四六年三月一九日に人事院に審査請求をしたことは当事者間に争いなく、〈証拠省略〉によれば人事院は同四九年二月一五日付で本件処分を承認する旨の裁決をなしたことが認められる。

二  被若が主張する本件処分理由たる事実の存否について先づ判断する。〈証拠省略〉を綜合すると、左記(一)ないし(五)の事実を認めることができる。

(一)  国家公務員法六〇条の臨時的任用による臨時補充員として局の集配課に勤務していた西原学が、昭和四五年一〇月一三日、六か月の任用期間満了後に更新されず、局当局側がその理由について説明をしなかつた。当時、局において臨時補充員が任用期間満了後に更新されなかつた例が無かつたこと、更新しない理由につき何らの説明もされなかつたことから、西原はもちろんのこと、同人と親交があり、共に「年休を考える会」を結成するなどして分会内でも活発な活動をしていた原告や同僚の増本芳郎、吉田健らは、局当局側の右の措置に対して強い不満を持ち、更新の拒否は解雇と同一であるとの見解に立ち、局当局側に対し西原の任用の更新を要求し、同人を就業させるよう運動しようと考えた。

(二)  同年同月一四日、原告は、西原、増本、吉田らと共に、午前七時三〇分ごろから、局通用門附近で登庁して来る局職員らに対して西原の解雇撤回を求める趣旨等を記載したビラを配り、就業時刻である同八時直前ごろに至り、西原と共に原告ら四名が局北通用門から構内に入ろうとした。同通用門には加藤集配課長、伊庭庶務会計課長ら局の管理職の者らが来て西原の入構を阻止しようとしたが、原告ら四名はこれを押し退けて入構し、「解雇撤回」等と口々に叫びながら四名一団となつて局庁舎の発着口から郵便課事務室、集配課事務室を走るようにして通つて一九区道順組立台(従前の西原の勤務場所)のところまで西原を連れて行つた。そこで、寺西局長、加藤集配課長らが西原や原告らに対し、口頭で西原は直ちに庁舎外へ退去するよう、原告ら三名の勤務者は直ちに所定の勤務に就くよう繰返し命じたが、原告ら三名は勤務に就かず、西原と共に口々に局長その他の管理職者に対し「解雇理由を言え」等と大声で繰返していたが、結局、同八時八分ごろには分会の西野書記長が西原を右事務室外へ連れ出し、原告らは勤務に就いた。

(三)  同月一五日、午前七時五五分ごろ、分会組合員約三〇名が西原の任用更新の拒否に抗議して、北通用門附近から郵便課事務室、集配課事務室へとデモ行進をし、集配課長席の前に坐り込んだ。原告や西原も右デモ行進、坐り込みに加わつていた。同八時の始業時刻になり、分会の西野書記長の指示により分会員は坐り込みを解き、各自所定の勤務に就いた。しかるに、原告、増本、吉田らは前日同様に西原を前記組立台前へ連れて行き同人を就労させようとした。直ちに、寺西局長や加藤集配課長らが前日同様に西原には退去を原告ら三名には就業を口頭で命じたが、原告らはこれを無視し、かえつて加藤集配課長が西原に近ずこうとするのを妨害する態度をとり、解雇理由を言えなどと応酬していた。

(四)  なおも加藤集配課長が西原の退去を求め続けるや、原告は西原、増田、吉田らと共にスクラムを組み、理由を言えなどと言いながら加藤を取囲むようにして詰め寄り、そのため加藤は後退を余儀なくされた。加藤が右組立台から約四メートル離れた経理主任席の机の前近くまで後退したとき、突如、原告は右上腕で加藤の左胸あたりを強く突くとともに加藤の左足に足払いをかけ、加藤を床上に転倒させた。加藤が転倒したのを見た分会員の中から「仕組んだ芝居だろう」とか「デツチ上げだ」というような声が発せられ、昂奮した原告らは、経理主任席の机に手をかけて起き上ろうとした加藤に詰め寄り、西原、増本、吉田らが加藤を強く押し、西原が加藤の胸、腹などを蹴つた。このため、加藤は再び右机の上に倒れかかり、机上にあつた書類整理箱に左顔面を打ちつけ、同机上にうつぶせになつてしまつた。右暴行により加藤は全治約二週間を要する程度の両側側胸部打撲傷、左眼打撲傷の傷害を受けた。

(五)  右のような状態になつている加藤を局保険課長代理谷口俊明が助け起し、一旦椅子に坐らせた後、二階の局長室まで連れて行つた。この間原告は、加藤に対し「デツチ上げやないか、どこをけがしたんか、医者を呼んでやろうか」などと大声で申し向け、又、近くで現認書のメモを書取つていた伊庭庶務会計課長からメモを取り上げ、これを破るなどした。

右のような騒然とした状態が同八時一二分ごろまで続いたが、その後、西原も庁舎外に去り、原告らもそれぞれ勤務に就いた。

以上の認定事実に反する〈証拠省略〉は信用できない。原告本人は前記(四)の加藤集配課長に対する暴行の事実につき、これを強く否認する趣旨の供述をするけれども、原告本人が供述するように、組立台附近から経理主任席附近まで原告が加藤に背を向けたまま後ずさりすると加藤も後退したとか、誰も何もしないのに加藤が独りで床上に転倒したというようなことは、不自然であり、これをそのまま信用することはできず、前掲各証拠と対比するときは、原告本人の右趣旨の供述、その他前認定事実に反する供述部分は到底信用することはできない。

その他口頭弁論に提出された全証拠を検討しても、前記認定を左右するものはない。(〈証拠省略〉を対比すると、若干些細な点で相違、矛盾する処が無くはないが、その大筋において一致しており、右の相違、矛盾点の存在をもつて、右各証拠の証明力が無いとはいえない。)

三  右認定の(二)における昭和四五年一〇月一四日の始業時より約八分間原告が正常の勤務に就かなかつたことは、国家公務員法九六条一項、一〇一条一項に違反し、同法八二条一号、二号に該当するものと言わざるをえず、右認定(四)の原告が西原、増本、吉田らと共に加藤集配課長に対し暴行を加え傷害を負わせた行為は、同法九九条に違反し、同法八二条一号および三号に該当するというべきである。又、西原が任用の更新をされなかつたことに対する抗議のためであつたとはいえ、原告が右認定(二)ないし(五)に局管理職者らの制止を排し、その命令に反し、すでに職員でなくなつた西原を局庁舎内に入れて就業させようとし、局庁舎内をデモ行進し、上司に対して執拗に抗議した一連の行為は、これを職場の秩序を乱したものと評価されても止むをえないところであり、右行為は、同法九八条一項、郵政省就業規則一三条六号(〈証拠省略〉によると郵政省就業規則一三条(職場の秩序維持)六号に「職員は、職場において、他の職員の執務を妨げその他秩序を乱す言動をしてはならない。」との規定があることから認められる。)に違反し、国家公務員法八二条一号、三号に該当するものであり、原告の右行為に対してなされた本件処分は、これを違法なものということはできない。

四  原告は、本件処分説明書に記載の処分理由以外の事実を被告が処分理由として本訴で主張することは許されないと主張する。

前記の本件処分説明書記載の理由は、その表現に若干不充分な点があるとはいえ、この記載によつて処分理由を知りえないとはいえない。そして、右説明書の理由も、被告が本訴で主張する理由ないし前認定の事実関係も、いずれも昭和四五年一〇月一四日から一六日までの間における原告の非違行為を対象とするものであり、両者の間に原告が指摘するような点に若干の相違があるとはいえ、その基本的な事実関係は大略一致し、その大綱において変りはないものと認められる。そして、本件のような懲戒処分取消請求訴訟における裁判所の審理の対象は、処分の違法性の有無であることを考え合せれば、本件における被告の処分理由の一部追加、変更の主張が許されないと解するのは相当でない。しかも、本件においては、被告が本訴において主張する右一五日と一六日における欠務の事実の存否をまつまでもなく、これ以外の右認定の原告の行為(右欠務以外の事実は、加藤集配課長の負傷の程度を除き処分説明書に記載の理由と差違はない。)によつても、本件処分が相当であると認められる。原告の右主張は採用できない。

五  原告は、前認定の一連の行為は西原の再任用拒否という違法な行為を排除しようとした労働者の当然の権利行使であり、労働組合員としての正当な行為であるから、これに対する本件処分は不当労働行為であると主張する。しかし、西原は臨時的任用の職員であつたのであり、およそ臨時的任用職員の任用およびその更新は緊急の場合、臨時に任命権者においてなすものであり、職員の側からその更新を請求しうるものでなく、また臨時的任用は任用に際していかなる優先権を与えるものでもない(国家公務員法六〇条、人事院規則八-一二、一六条、一七条)のであるから、たとえ、従前において臨時的任用職員につきその任用の更新がなされ、通常の身分の職員に採用されるのが例であつたとしても、このことから当然に西原についても同様に扱うべきであるとすることは相当でなく、また西原の臨時的任用を更新しなかつたことの当否を論ずるまでもなく、原告においてこれを不当と考えていたとしても、前認定のような原告の抗議方法ないし行動は、通常の範囲を逸脱しており、このような行為にまで及ぶことを正当とすべき理由、根拠は見当らず、又、原告の属した分会が原告の右のような行為を容認していたと認められる証拠もない。

原告の主観的意図はともかく、原告の前認定の行為が正当な権利行使であり、労組法の保護を受けるものとの原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないというべきである。

六  原告は、本件処分が比例原則に反し、懲戒権の濫用であると主張した。本件における原告の欠務の時間或は非違行為の時間が比較的短時間であつて、これにより業務に特段の影響を与えたと認められないところからすれば、本件懲戒免職処分がいささか過酷でなかつたかとの感がないとはいえないけれども、元来、懲戒処分は懲戒権者の裁量行為であり、前記認定のような原告の度重なる抗議行動、上司の命令に服さず執拗に抗議を続けたこと、これにより引起された職場秩序の混乱、特に上司である加藤集配課長に対する暴行傷害の事実に鑑みるときは、被告が本件処分に及んだことをもつて、行政処分における比例の原則に反し、懲戒権行使の裁量権の範囲を著しく逸脱した違法なものと断ずることは困難である。原告の右主張もまた採用しえない。 七 してみると、被告が昭和四六年一月二〇日原告に対してなした本件懲戒免職処分には、これを違法とすべき瑕疵は認められないから、これが取消を求める原告の請求は失当として棄却すべきである。よつて、訴訟費用につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井玄 岨野悌介 窪田正彦)

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